【2026年8月時点】舳倉島への定期船「希海」は、復旧のため島民と復旧関係事業者以外の乗船を見合わせています(観光目的での渡航はできません)。輪島市内の海女関連施設も営業状況が変わることがあります。お出かけ前に、へぐら航路・輪島市観光協会などで最新の状況をご確認ください。

記事の要点

  • 輪島の海女は素潜りでアワビ・サザエ・岩牡蠣を採る伝統の漁師。舳倉島は輪島港の沖合約48kmに浮かぶ周囲約5kmの小島で、日本海の海女文化の拠点として知られます
  • 2026年8月現在、舳倉島へ観光目的で渡ることはできません。定期船「希海」は運航していますが、島民と復旧関係事業者以外の乗船は見合わせられています
  • 通常時の定期船は輪島港から約1時間25分・片道大人2,300円(往復4,600円)。輪島9:00発、舳倉島15:00発(11月1日〜3月31日は14:00発)の1日1往復です

輪島市内の海女関連施設も営業状況が変わることがあります。お出かけ前に最新の運航・営業情報をご確認ください。

石川県輪島市の海女は、素潜りで岩牡蠣・アワビ・サザエを採る伝統の漁師。日本海の海女文化の拠点・舳倉島(へぐらじま)は鳥と海女が共存する離島です。定期船は運航していますが、2026年8月現在、島民と復旧関係事業者以外の乗船は見合わせられており、観光目的で渡ることはできません。

能登半島の輪島市には、古くから海女(あま)による素潜り漁の伝統が受け継がれています。特に輪島の沖合約50kmに浮かぶ舳倉島(へぐらじま)は、海女文化の聖地として知られ、豊かな漁場で海女たちがアワビやサザエ、ワカメなどを素潜りで採る暮らしが今も続いています。能登の海女文化は、日本の海洋民俗の中でも特異な歴史と伝統を持ち、近年はその保存と継承が注目されています。

能登の海女文化の歴史と起源

昭和初期の海女の素潜り漁の様子
昭和初期の海女の素潜り漁の様子(Photo: 作者不詳 / Public domain)

能登半島における海女の歴史は、少なくとも江戸時代にまで遡ります。輪島市海士町(あままち)という地名が示すとおり、この地域は古くから海女漁を生業とする人々が暮らしてきました。能登の海女は「かちど」と呼ばれ、磯笛を吹きながら海面に浮上する独特の呼吸法で知られています。特に舳倉島では、夏場の漁期になると輪島から海女たちが渡り、島の番屋(漁小屋)に滞在しながら漁を行う「出稼ぎ海女」の形態が長く続きました。最盛期の昭和30年代には200人以上の海女が活躍していましたが、高齢化や後継者不足により、現在は数十人にまで減少しています。しかし、能登の海女文化は三重県の海女とともに日本の代表的な海女文化として、国の重要無形民俗文化財候補にも挙げられており、その歴史的・民俗学的価値が改めて見直されています。

輪島の海女の素潜り漁と漁法

能登の海女が行う素潜り漁は、酸素ボンベなどの器具を一切使わず、自分の肺活量だけで海に潜る伝統漁法です。海女たちは水深10メートル前後まで潜り、アワビ・サザエ・ウニ・ワカメ・テングサなどを採取します。1回の潜水時間は約30秒から1分ほどで、1日に何十回も繰り返します。漁に使う道具は「磯ノミ」と呼ばれるヘラ状の道具と、採った海産物を入れる「タンポ」(浮き付きの桶)がおもなものです。海女たちは、海の中の地形や潮の流れ、海藻の生え具合から漁場を見極める高度な経験と知識を持っています。漁期は主に夏場の7月から9月で、それ以外の季節はワカメやテングサの採取を行います。能登の海で育まれたアワビやサザエは身が締まり、磯の風味が濃厚で、輪島朝市でも人気の食材となっています。海女が採った新鮮な海産物は、能登丼の食材としても使われています。

舳倉島の暮らしと海女の島

舳倉島の海岸と磯の風景・能登の海女文化の聖地
舳倉島の海岸と磯の風景・能登の海女文化の聖地(Photo: Kanchi1979 / CC BY-SA 2.0)

舳倉島は輪島港の沖合約48kmに位置する周囲約5kmの小島で、能登の海女文化の中心地として知られています。島には約100人ほどが暮らしており、その多くが漁業に従事しています。島の歴史は古く、縄文時代の遺跡も発見されています。舳倉島は古くから「おしま」と呼ばれ、輪島の漁民にとって豊かな漁場への中継基地でした。島の周囲は岩礁帯が広がり、暖流と寒流がぶつかる好漁場であるため、アワビやサザエが豊富に生息しています。また、舳倉島は日本有数の野鳥の渡りの中継地としても知られ、春と秋にはバードウォッチャーが多く訪れます。300種以上の野鳥が記録されており、珍しい渡り鳥を観察できる貴重なスポットです。島へのアクセスは、輪島港から定期船「希海(のぞみ)」で約1時間25分。日本海の天候に左右されるため欠航も多く、事前の確認が欠かせません。ただし2026年8月現在、一般の観光客は乗船できません(下記アクセス欄を参照)。

能登の海女文化の継承と体験

能登の海女文化は高齢化と後継者不足という課題に直面していますが、近年はその価値を再評価し、保存・継承する取り組みが活発化しています。輪島市では海女の技術や知識を記録・保存するプロジェクトが進められ、海女たちの聞き取り調査やドキュメンタリー映像の制作が行われています。また、海女漁の体験プログラムや、海女が採った海産物を使った料理を提供するイベントなども開催されています。輪島塗の漆器文化とともに、海女文化は輪島の重要な文化資源として位置づけられています。能登の海女文化は、能登の里山里海として世界農業遺産に認定された能登半島の持続可能な暮らしの一部でもあります。海と共に生きてきた能登の人々の知恵と技術は、自然との共生を考える上でも大きな示唆を与えてくれます。揚げ浜式製塩やいしるづくりとともに、能登の海の恵みを活かした伝統文化を体感してみてください。

能登の海女文化ゆかりの周辺見どころ

輪島市内には海女文化と合わせて訪れたいスポットが数多くあります。輪島朝市は千年以上の歴史を持つ日本三大朝市の一つで、海女が採った新鮮なアワビやサザエも並びます。輪島塗は600年の伝統を持つ日本最高峰の漆器文化で、輪島漆芸美術館でその美の世界に触れることができます。輪島キリコ会館は能登の祭り文化に触れられる施設ですが、令和6年能登半島地震の影響で当面の間、臨時休館しています(2026年9月時点。再開時期は公表されていません)。海岸線を走ると白米千枚田の絶景が広がり、さらに奥能登へ進むと曽々木海岸の窓岩や時国家の豪農の館が建っています(上時国家は2023年8月31日で公開を終了し、地震で主屋が倒壊したため、2026年9月時点で見学はできません)。總持寺祖院は曹洞宗の大本山として700年の歴史を持つ名刹です。能登の海の幸を堪能するなら、能登のイカとふぐや能登かきもおすすめです。

舳倉島と輪島海女の里へのアクセス・駐車場

へぐら航路は令和6年能登半島地震からの復旧のため、当面の間、島民と復旧関係事業者以外の乗船を見合わせており、2026年8月現在も観光目的で渡ることはできません。渡航の可否と最新のダイヤは、へぐら航路(0768-22-4381)へ直接ご確認ください。以下は平常時の運航条件です。

舳倉島への定期船・輪島へのアクセス

  • 定期船:輪島港から「希海(のぞみ)」。所要約1時間25分
  • 運賃:片道 大人2,300円・小人1,150円(往復 大人4,600円・小人2,300円)
  • ダイヤ:平日のみ1日1往復。輪島9:00発・舳倉島15:00発(11月1日〜3月31日は舳倉島14:00発)。土日祝は休航し、荒天時も欠航します
  • 輪島港の駐車場:石川県観光連盟の案内では、来訪者向けの駐車場はないとされています
  • 輪島市内へ(車):金沢からのと里山海道を利用して約2時間
  • 輪島市内へ(公共交通):のと鉄道穴水駅から路線バスで約30分、輪島駅前(バスターミナル)着
  • 海士町(海女の里):輪島港から徒歩約10分

海士町には古い番屋や石積みの風景が残り、漁師町の雰囲気を感じることができます。


写真クレジット:
舳倉島の灯台と日本海の風景 — Kanchi1979(Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0)
舳倉島の海岸と磯の風景 — Kanchi1979(Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0)
昭和初期の海女の素潜り漁の様子 — 作者不詳(Wikimedia Commons / Public domain)

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わっか北陸編集部
HOKURIKU TRAVEL GUIDE
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