記事の要点
- 拝観は志納(金額は参拝者の気持ちに任される形)。大仏は屋外に鎮座し、台座下の回廊と寺務所(御朱印・お守り)は9:00〜17:00です
- 高岡駅北口(古城公園口)から徒歩約10分。参拝者用の無料駐車場は8台と4台の2か所だけなので、満車なら徒歩約4分の高岡市営御旅屋駐車場(有料)へ
- 毎年秋分の日は「高岡大仏まつり」。2026年は9月23日(水・祝)で、白装束の参加者が大仏を拭き清める「御身拭い」が10:00から予定されていました
大仏の成り立ち、台座下の回廊、境内、御朱印、大仏まつり、隣のカフェ、アクセスの順に扱います。写真はすべて2026年9月23日に編集部が撮影したもので、拝観時間・駐車場は2026年9月時点の公表値です。変わることがあるため、訪問前に公式サイトか寺務所(0766-23-9156)でご確認ください。
高岡大仏は、富山県高岡市の浄土宗・鳳徳山 大佛寺(ほうとくざん だいぶつじ)に鎮座する、高さ約16mの青銅製の阿弥陀如来坐像です。昭和8年(1933年)、鋳造から着色までの全工程を高岡の銅器職人が担って完成し、奈良・鎌倉の大仏と並ぶ「日本三大仏」とも称されます。高岡駅から歩いて約10分の町なかにあり、台座の下には仏画や焼け残った二代目大仏のご尊顔を納めた回廊が広がっています。
目次
高岡大仏とは — 「だいぶっつぁん」と呼ばれる高岡のシンボル
高岡駅から大手町の通りを進むと、家並みの向こうに円い光背を背負った大仏が姿を現します。境内の入口には、頂に鳳凰をいただく「日本三大佛 高岡大佛」の標柱と仁王像が立ち、そこから台座まで参道がまっすぐ延びています。


正式な名称は「銅造阿弥陀如来坐像(どうぞうあみだにょらいざぞう)」。昭和56年(1981年)4月15日に高岡市の有形文化財(彫刻)に指定され、文化庁が認定する日本遺産「加賀前田家ゆかりの町民文化が花咲くまち高岡」の構成文化財にも名を連ねています。公式サイトによると、地元の人たちは敬意を込めて「だいぶっつぁん」と呼んでいるそうです。

参道を歩きながら顔を見上げると、「大仏様の目が少しづつ見開かれていく様子を見ることができます」と高岡観光ナビは紹介しています。整った顔立ちから「日本一の美男」とも呼ばれ、公式サイトには、昭和8年に訪れた歌人の与謝野晶子が高岡大仏を「美男」と称したとの逸話が残ると記されています。
背後の円い光背(円光背)は、開眼から25年後の昭和33年(1958年)9月に取り付けられたもので、頂点には阿弥陀如来の仏徳を一字で表す梵字「キリーク」が配されています。当初は十二光仏を並べる計画でしたが、重さなどの理由で見送られ、十二光仏は台座下の回廊に祀られました。手は、右手を左手の上に重ね、人差し指を立てて親指の先に付けた「阿弥陀定印(あみだじょういん)」を結んでいます。
高岡はドラえもんの作者・藤子・F・不二雄の出身地でもあります。公式サイトによると、藤子不二雄Ⓐの自伝的漫画『まんが道』には、二人がよく立ち寄ったとされる高岡大仏がたびたび登場します。駅前から大仏の近くまでは、ドラえもんトラムが走る万葉線でも移動できます。
高岡大仏の歴史 — 二度の大火を越え、三代目は青銅で
境内の説明板(文化庁・高岡市教育委員会、平成30年3月)によると、高岡大仏の起こりは、承久の乱(1221年)を避けた源義勝が二上山の麓に木造の大仏(1丈6尺〈約4.8m〉)を造ったことと伝えられています。その後の歩みは、火災と再建の繰り返しでした。
明治の大火のあと、再建は火に強い銅製で進められることになりました。資金難で事業が止まった時期もありましたが、説明板の言葉を借りれば「高岡銅器職人らの献身的な動きと、市民の浄財により」、昭和8年に現在の大仏の開眼供養に至っています。説明板はこの大仏を「町民の町として発展した高岡の誇りを象徴する大仏である」と結んでいます。
原型を手がけたのは、富山県立工芸学校と東京美術学校で塑像を学んだ中野双山(1881〜1940年)で、公式サイトによると大仏の背中には「原型師 中野双山」の銘が刻まれています。高岡の町を開いた前田利長と鋳物師の歴史は、高岡銅器の記事で詳しく紹介しています。

台座下の回廊には、日展評議員・可西泰三による「大仏御尊体 鋳造作業風景の想像図」が掛けられています。右半分の原型作業には「木材、竹、針金、荒縄等の諸材料にて、仏像本体の芯木を組立て壁土にて荒造に完成する」、左半分の鋳造作業には「鋳造は焼型の重ね吹きの方法である」と説明が添えられ、図の下には「御尊顔は明治44年4月完成」とあります。公式サイトによると、胴体は奈良・鎌倉の大仏と同じく下から順に鋳造したと考えられています。
数字で見る高岡大仏 — 総高15m85cm、螺髪は648筋
台座の脇には、高岡市教育委員会による「高岡大佛尊像相好御説」の看板があり、大仏の各部の寸法が細かく記されています。おもな数字を看板の表記のまま抜き出すと、次のとおりです。

| 地上ヨリ総高サ | 15m85cm |
|---|---|
| 身長 | 7m43cm |
| 御顔 | 2m27cm |
| 白毫 直径 | 15cm |
| 螺髪数 | 648筋 |
| 御眼 長サ | 36cm |
| 御耳 長サ | 1m21cm |
| 御手 長サ | 2m12cm |
| 圓光背 外径 | 4m54cm |
| 瓣数(蓮瓣) | 32枚(逆蓮瓣も32枚) |
| 青銅消費量 | 13,125kg |
身長の7m43cmについて、公式サイトは奈良の大仏(像高14.98m)と比べて「奈良大仏のちょうど2分の1サイズで製作されている」と紹介しています。眉間の白毫は直径15cm、耳は1m21cm。台座の下から見上げているだけでは実感しにくい大きさです。
高岡大仏の台座下の回廊 — 仏画13作と二代目のご尊顔
大仏が座る台座の内部は回廊になっていて、9:00〜17:00のあいだ志納で拝観できます。境内の案内板には「お台座下の回廊には、1952年当時の高岡在住日本画家の制作による仏画が、数多く展示してあります。どうぞ、ご自由にご参観ください。」とあります。
公式サイトによると、回廊には阿弥陀三尊と諸仏が安置され、壁には仏画13作が並びます。キャンバスになったのは、かつて高岡駅前の通りの中央に立ち、御神木と崇められた杉の巨木「七本杉」です。昭和2年に老朽化と道路の拡張のために伐採された杉が13枚のキャンバスに生まれ変わり、当時高岡に住んでいた画家たちの手で仏画となって大仏寺に寄贈されました。
回廊のいちばん奥には、明治33年の大火で焼け残った二代目高岡大仏のご尊顔とされる仏頭が安置されています。一部に焼け焦げた跡が残り、公式サイトは「大火の教訓を忘れじ」と火災の予防を訴えかける存在だと説明しています。その背後の壁には、円光背に付けるはずだった十二光仏が配されています。
高岡市出身の小説家・堀田善衞の詩「高岡大仏に寄す」の直筆文(写し)も掲げられています。平成3年に観光ボランティアグループの依頼を受けて寄稿したもので、「われもまた見守られたるその一人」という一節で結ばれています。


干支ごとに音が違う「おりん」
回廊では、高岡の鋳造技術で作られた「おりん」を実際に鳴らせます(公式サイト)。円い枠に十二支の数だけおりんが吊られ、「あなたの音は なぁ〜に?」と題した説明板には「干支には 十二支それぞれの音があるって知ってましたか?」「ぜひ あなたの干支の音を身近なものとして大切にして下さい。」と書かれています。図で「この辺りを、たたいて下さい。」と示された縁のあたりを軽くたたいて、自分の干支の音を確かめてみてください。
銅板で折られた千羽鶴
ガラスケースに収められた「銅板 千羽鶴」は、富山県板金工業組合高岡支部が平成20年4月に奉納したものです。薄い銅板を一羽ずつ折った鶴が幾重にも連なり、銅器の町らしい奉納品になっています。ケースには「危険ですのでさわらないで下さい」と書かれているので、ケースの外から眺めましょう。
高岡大仏の境内の見どころ — 時鐘・燈籠・常香炉

境内の鐘楼に吊られた「時鐘(じしょう)」は高岡市指定文化財です。公式サイトによると、時計が普及していなかった江戸時代に、町民に時を知らせるため町奉行・寺島蔵人が計画し、高岡鋳物の発祥地である金屋町が鋳造を願い出て造られました。文化元年(1804年)の初代は間もなく割れが生じたため、町人たちの寄進で改鋳され、文化3年(1806年)7月に現在の大鐘が完成しています。
大火による何度かの移転をへて大仏寺に寄付された鐘は、今も朝夕に撞かれていて、公式サイトの境内案内には「毎日午前5:55と午後6:00の2回」とあります(同じサイトの年中行事のページでは、朝の撞鐘は午前6時と表記)。鐘楼脇の説明板によると、銘文は当時著名だった京都の漢学者・皆川淇園の撰書です。

境内には「献燈」と刻まれた燈籠が立ち、燈籠越しに大仏を望む構図は写真を撮るのにもおすすめです。公式サイトによると、台座の前面にも2基1対の燈籠が置かれ、頂上の宝珠は阿弥陀如来の住まう宇宙空間の星を表しているといわれます。
常香炉ではお線香を1束50円で奉納でき、奉納時間は公式サイトで「午前10:00 〜 午後 3:00 頃まで」とされています。ほかに交通安全を祈願して建立された観音像、「高岡新西国三十三観音札所」の二十九番札所である馬頭観世音菩薩の石仏、境内の奥には無料の公衆トイレもあります。
高岡大仏の御朱印とお守り — 取材時は書き置きで授与
御朱印とお守りは大仏寺の寺務所で受け付けていて、受付時間は9:00〜17:00です(公式サイト)。台座の前には「お守 御朱印 受付」の案内板が立っています。取材した2026年9月23日は、御朱印は書き置き(あらかじめ紙に書かれたもの)での授与のみでした。

御朱印は中央に「阿弥陀如来」、左に「鳳徳山 大佛寺」と墨書され、右上に「浄土宗」の印、中央には大仏の姿をかたどった丸い朱印が押されています。書き置きなので、御朱印帳を持っていなくても受けられます。阿弥陀如来は浄土宗の御本尊で、大仏寺の本堂にもご本尊の阿弥陀三尊像が安置されています。
高岡大仏まつり — 毎年秋分の日に大仏を拭き清める
高岡大仏まつりは、毎年秋分の日に大仏寺で行われる年に一度の行事です。高岡観光ナビによると2026年は9月23日(水・祝)で、10:00から「御身拭い」、14:00から交通安全祈願が予定されていました。
公式サイトによると、お身拭いでは白装束を身にまとった高岡大仏奉賛会の関係者や一般公募の参加者数十名が台座に登り、1年に1度、大仏を拭き清めます。「大仏様の蓮華上に唯一上る事を許されたこの日」とあるように、蓮華座の上に人が並ぶ光景が見られるのはこの日だけです。お身拭いへの参加の申し込みは、大仏寺(0766-23-9156)で受け付けています。

取材に訪れたのはちょうどまつり当日で、参道の両側には緑・黄・赤・白・紫の五色の吹き流しがはためき、名前の入った赤い提灯がずらりと吊られていました。境内の外の通り沿いにも提灯の列が続き、「大佛祭」と書かれた提灯も掲げられていました。

高岡大仏の隣のamida coffee — 大仏カステラとおみくじ
通りを挟んで大仏の真横にある「amida coffee(アミダコーヒー)」は、2021年12月にオープンした大仏がテーマのカフェです。とやま観光ナビによると、高岡銅器でできた焼き型で焼くオリジナルの「大仏カステラ」が人気です。2階には大仏を眺められる「大仏見桟敷席」があります。
店頭で見つけたのが「おみくじ付カステラ」で、取材時の店頭表示は1本150円(税込)でした。黒板によると運勢は「大仏吉…最高にHAPPY!!」「大吉…よろこびがやってくる」「中吉…家族、友だちと仲よくすごそう」「小吉…笑顔でHAPPY」「末吉…晴れてもしあわせ、雨でもしあわせ」の5種類。一覧のいちばん上が大吉ではなく「大仏吉」なのが、この店らしいところです。棒付きなので、店の外で大仏と一緒に記念写真を撮るのも楽しめます。
営業時間は9:30〜18:30(ラストオーダー18:00)、不定休です(高岡観光ナビ)。専用の駐車場はなく、徒歩約4分の高岡市営御旅屋駐車場の利用が案内されています。
高岡大仏へのアクセス・駐車場・拝観情報
| 所在地 | 富山県高岡市大手町11-29(浄土宗 鳳徳山 大佛寺) |
|---|---|
| 拝観料 | 志納 |
| 台座(回廊) | 9:00〜17:00 |
| 寺務所(御朱印・お守り) | 9:00〜17:00 |
| 問い合わせ | 0766-23-9156(大仏寺) |
| 電車 | 高岡駅北口(古城公園口)から徒歩約10分/万葉線「坂下町」電停から徒歩約3〜5分 |
| 新幹線 | 新高岡駅から車で約10分 |
| 車 | 能越自動車道 高岡ICから約10〜15分 |
| 駐車場 | 参拝者用の無料駐車場 P-1(8台・10:00〜17:00)、P-2(4台)/大型観光バス用の無料駐車場(2台・大仏まで徒歩約2分)/高岡市営御旅屋駐車場(有料・24時間・徒歩約4分) |
公式サイトは無料駐車場について「一方通行の道路に面しており、高岡大仏の正面側からは進入できません」と注意を呼びかけています。P-2の利用時間は公式サイトで8:00〜18:00、高岡観光ナビで9:00〜19:00と表記が分かれています。また、公式サイトのアクセス欄には「午前6時〜午後6時(台座回廊拝観時間)」という表記もあり、休みも公式サイトは「年中無休」、高岡観光ナビは「不定休」としています。早朝・夕方に回廊へ入りたいときは、寺務所に確認しておくと確実です。
大仏そのものは屋外に鎮座しているので、境内の外の通りからも姿を拝めます。国宝・瑞龍寺は高岡駅をはさんだ反対側(南口)から徒歩約10分、高岡古城公園や金屋町の町並みも徒歩や万葉線で回れる距離です。境内と回廊をひと通り見て、amida coffeeで一息つくなら、1時間ほど見ておくと落ち着いて回れます。

















