棟方志功と南砺市福光 — 板画の巨匠が過ごした疎開の地

棟方志功(むなかたしこう、1903-1975)は、青森市出身の板画家であり、20世紀を代表する日本の芸術家です。「板画」という独自の呼称を用い、木版画の世界に圧倒的な生命力と精神性をもたらしました。1956年にはヴェネツィア・ビエンナーレで国際版画大賞を受賞し、「世界のムナカタ」として国際的な評価を確立しています。

棟方志功ゆかりの南砺市福光の風景
棟方志功ゆかりの南砺市福光の風景(Photo: DoWhile / Public domain)

その棟方志功が太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)から、1951年(昭和26年)11月25日に東京へ戻るまでの約6年8か月を過ごしたのが、現在の南砺市福光です。棟方は疎開の前年にあたる1944年(昭和19年)、福光の光徳寺を訪れて襖絵「華厳松」を手がけており、その縁もあって富山県西礪波郡福光町(現・南砺市)へ疎開しました。東京の空襲では版木の多くを焼失しています。戦火を逃れた富山の山里で、棟方は新たな芸術の境地を切り拓いていきました。

福光での暮らしは決して裕福ではありませんでしたが、北陸の自然と人々の温かさに包まれた環境は、棟方の創作意欲を大いに刺激しました。この時期に生み出された作品群は、棟方芸術の円熟期として高く評価されており、南砺市は「板画の聖地」として全国の棟方ファンが訪れる場所となっています。

棟方志功の福光時代 — 疎開先で花開いた板画芸術

福光時代の棟方志功は、驚異的な創作力を発揮しました。1949年(昭和24年)には岡本かの子の詩「女人ぼさつ」に取材した「女人観世音板画巻」を国画会展に発表(同作は1952年にスイス・ルガノ国際版画展で優秀賞を受賞)。同じ年には白虎・朱雀・玄武・青竜の四神を擬人化した「四神板業天井画柵・天妃鼓笛す」を制作しています。1951年(昭和26年)には、最大の後援者だった倉敷レーヨン社長・大原総一郎が福光のアトリエを訪ね、その依頼に応えてベートーヴェンの交響曲第5番『運命』をイメージした「運命頌板画柵」が生まれました。「四神板業天井画柵」はのちに改刻され、1956年のヴェネツィア・ビエンナーレに「宇宙頌・東西の柵」「宇宙頌・南北の柵」として出品されています。

棟方と福光を結びつけた光徳寺には、裏山を散策中に霊感を得て一気に描き上げたと伝わる襖絵「華厳松(けごんのまつ)」が残されています。この作品で棟方は、飛沫や隈(くま)、滲み、暈(ぼか)しを活かす「躅飛飛沫隈暈描法(ちょくひひまつわいうんびょうほう)」という独自の画法を編み出しました。また福光時代には書にも本格的に取り組み、福光駅の職員に頼まれて揮毫した「無事」(1947年)が残るほか、近隣に疎開していた前衛書家・大澤雅休との出会いを経て、1950年には「書の徑の会」の立ち上げにも関わっています。水墨による肉筆画を「倭画(やまとが)」と自ら名づけたのも福光時代ごろからでした。極度の近視であった棟方は、板に顔をほとんどくっつけるようにして彫り進める独特のスタイルで知られ、その姿は福光の人々の記憶にも深く刻まれています。

日本海側の風土は棟方の色彩感覚にも影響を与えたといわれています。冬の鉛色の空と白い雪、春の桜やチューリップの鮮やかさ、夏の緑深い山々といった富山の四季の景色は、棟方の作品に新たな色彩と詩情をもたらしました。福光時代は棟方にとって、芸術的にも人間的にも大きく成長した時期だったのです。

南砺市中ノ江の県道355号沿いに広がる田園風景
南砺市中ノ江の県道355号沿い。棟方志功が疎開した福光の郊外に広がる田園風景(Photo: 小石川人晃 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

南砺市立福光美術館 — 棟方志功コレクションの殿堂

南砺市立福光美術館は、1994年(平成6年)10月に福光町立美術館として開館し、2004年の市町村合併にともない南砺市立福光美術館となりました。棟方志功と、旧福光町に生まれ京都画壇で活躍した日本画家・石崎光瑤の作品を二本柱に据えた美術館で、2015年に増築された新常設展示室で両者の作品を常設展示しています。棟方の板画・倭画(肉筆画)・書に加え、コレクション室では日本画・洋画・工芸など多彩な所蔵作品も公開されています(コレクション室は観覧無料)。作品の入れ替えも行われるため、何度訪れても新たな発見があります。

美術館は医王山のふもと、森の緑と野鳥の声に包まれた環境に建てられており、棟方が愛した福光の自然に囲まれながらゆったりと芸術鑑賞を楽しめる空間となっています。棟方や石崎光瑤にまつわる展覧会のほか、全国公募の版画年賀状展やアート・キルト展など幅広いジャンルの企画展も年間を通じて開催されています。

常設展の観覧料は一般310円、高大生210円、小中学生は無料です(20名以上の団体は2割引)。企画展は内容により料金が異なり、企画展の観覧料を支払うと常設展示室の観覧料は免除されます。開館時間は9時から17時(入館は16時30分まで)、休館日は火曜日・年末年始(12月29日〜1月3日)・展示替期間です。福光美術館と後述の愛染苑を合わせて訪れることで、棟方志功の福光時代をより立体的に理解できるでしょう。

棟方志功記念館・愛染苑 — 疎開先の旧居とアトリエ

棟方志功記念館「愛染苑(あいぜんえん)」は、棟方のよき理解者であり支援者でもあった石崎俊彦氏(1912〜2003)が多数の棟方作品と土地を旧福光町へ寄贈したことにより、棟方が疎開時に住まいをかまえた地に1982年に開館した記念館です。2004年からは福光美術館の分館となり、疎開生活のあいだに制作された作品を中心に展示しています。「愛染苑」とはもともと棟方の旧居の呼称でした。

2001年には、棟方が暮らした住まい「鯉雨画斎(りうがさい)」が愛染苑の敷地内へ移築され、内部を見学できるようになりました。鯉雨画斎は棟方が初めて持った新築の住居で、大変喜んだ棟方は家の中の板戸や柱、風呂桶やまな板の裏にまで絵を描いています。とりわけ厠(トイレ)は天井から壁まで菩薩や天女で埋め尽くされ、画室の板戸には鯉の滝登りや鯰、亀が生き生きと描かれています。隣接する「青花堂(しょうげどう)」は、石崎俊彦氏の住宅と収集品の寄贈を受けて民藝館に改装された建物で、「青花堂」は棟方が石崎に贈った堂号です。同じ敷地の「棟方志功資料館」は、都合により現在一般公開されていません(2026年8月時点)。

入館料は一般310円、高大生210円、小中学生無料で、「愛染苑」「鯉雨画斎」「青花堂」「棟方志功資料館」の4館合わせての料金です。開館時間は9時から17時(入館は16時30分まで)、休館日は福光美術館と同じく火曜日・年末年始(12月29日〜1月3日)・展示替期間となっています。福光美術館とは離れているため移動は車が基本ですが、午後のみ運行する無料の「プール・美術館バス」(水曜運休、土・日・祝は減便)が「福光美術館前」「棟方志功記念館駐車場前」「福光駅前」などを巡回しており、両館をあわせて訪ねる際に利用できます。棟方志功がどのような環境で制作に打ち込んだのかを肌で感じられる貴重な場所です。

棟方志功が暮らした福光の風景
棟方志功が暮らした福光の風景(Photo: Fumihiko Ueno / Wikimedia Commons / CC BY 3.0)

棟方志功ゆかりの地めぐり — 南砺市の文化散策

南砺市内には愛染苑と福光美術館以外にも、棟方志功にゆかりのある場所が点在しています。南砺市法林寺の光徳寺は1471年建立の浄土真宗の寺院で、住職と棟方の親交から生まれた襖絵「華厳松」をはじめ、多数の作品が所蔵・展示されています。拝観時間は9時から17時、拝観料は一般500円で、火・水・木曜と年末年始は休みです。曜日を間違えやすいので、訪問前に確認しておくと安心です。

棟方の命日である9月13日には、南砺市で「愛染忌」の法要が営まれます。棟方が画家を志すきっかけとなった花・オモダカを飾って行われる、福光ならではの行事です。また命日に合わせ、福光美術館・光徳寺・愛染苑など福光地域一帯を会場に「棟方まつり」が開催されており、2026年は9月12日(土)から14日(月)の日程が予定されています。ガイドと歩く「棟方徑道めぐり」などの企画もあり、問い合わせ先は五箇山NANTO観光機構(0763-62-1201)です。

南砺市は棟方志功のほかにも豊かな文化資源を持つ地域です。井波彫刻の精緻な木彫りや、五箇山の合掌造り集落、こきりこ祭りと城端曳山祭など、伝統文化が色濃く残るエリアです。棟方志功ゆかりの地と合わせて南砺市を巡れば、芸術と伝統が息づく奥深い富山の魅力に出会えるでしょう。

棟方志功ゆかりの南砺市へのアクセスと観光案内

南砺市福光へのアクセスは、JR城端線の福光駅が最寄りです。北陸新幹線の新高岡駅からはJR城端線に乗り換えて福光駅へ向かいます。福光美術館へは福光駅からタクシーで約7分、または午後のみ運行の無料「プール・美術館バス」で約15分(水曜運休)。車ではJR金沢駅から約40分、東海北陸自動車道の福光ICから約15分、南砺スマートICから約12分です。金沢方面からは加越能バスの南砺〜金沢線(JR金沢駅西口〜JR福光駅・道の駅福光)も利用できます。愛染苑は福光駅にほど近く、施設南側に大型バスも停められる駐車場を備えています。

南砺市内の移動は車が便利ですが、JR城端線沿線の城端・福光・福野の各エリアはコンパクトにまとまっているため、レンタサイクルでの散策も楽しめます。福光から五箇山の合掌造り集落までは車で約30分、井波彫刻の里までは約20分と近く、一日で複数のスポットを効率よく巡ることができます。

宿泊は福光温泉や城端の旅館のほか、五箇山の合掌造り民宿に泊まる体験もおすすめです。富山の伝統文化と芸術を同時に満喫できる南砺市は、静かな環境でゆっくりと文化に浸りたい旅行者にぴったりの目的地です。富山市のガラス美術館と合わせて「富山アート旅」を組むのも素敵なプランです。

写真クレジット:
棟方志功ゆかりの南砺市福光の風景 — DoWhile(Wikimedia Commons / Public domain)
棟方志功が暮らした福光の風景 — Fumihiko Ueno(Wikimedia Commons / CC BY 3.0)

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わっか北陸編集部
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