大伴家持と越中万葉 — 万葉集の編纂者が詠んだ富山の歌碑めぐりと高志の国文学館
万葉集の編纂者として知られる大伴家持(おおとものやかもち)は、奈良時代に越中国守として富山の地に赴任し、数多くの歌を詠みました。万葉集全20巻に収められた約4,500首のうち、家持の歌は473首にのぼり、そのうち越中で詠まれた歌は約220首を数えます。立山の雄大な山容、雨晴海岸の絶景、二上山の万葉の風景など、家持が愛した越中の自然は今も変わらぬ姿を見せています。

目次
大伴家持の生涯 — 万葉集の最大歌人

大伴家持は718年頃に生まれ、名門・大伴氏の棟梁として政治と文学の両面で活躍しました。父は同じく万葉歌人として名高い大伴旅人で、家持は幼少期から和歌の素養を身につけて育ちました。746年(天平18年)、29歳の若さで越中国守に任命され、以後5年間を富山の地で過ごします。この越中時代こそが、家持の歌人としての絶頂期であり、万葉集を代表する名歌の数々が生まれた時期です。
家持の歌風は、自然への繊細な観察眼と、望郷の念や人生の無常を詠む抒情性に特徴があります。越中の雄大な自然に触発された歌には、それまでの宮廷歌人にはない開放的な詩情が溢れています。「春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に 鶯なくも」など、越中の自然と季節の移ろいを詠んだ歌は、日本文学の至宝として今なお愛されています。
751年に越中を離れた後も家持は歌を詠み続けましたが、政争に巻き込まれる晩年を送り、785年に没しました。死後一時は官位を剥奪されるなど不遇な時期もありましたが、万葉集の最大歌人としての評価は揺るぎません。
大伴家持の越中時代と越中万葉の歌枕
家持が越中国守として赴任した746年から751年までの5年間は、万葉集に収められた歌の中でも特に充実した時期です。国府が置かれていた現在の高岡市伏木を拠点に、家持は越中各地を巡り、その風景と人々の暮らしを歌に詠みました。越中万葉の歌に詠まれた場所は「歌枕」として、現在も富山県内各地に歌碑が建てられています。
なかでも有名なのが、雨晴海岸から望む立山連峰の歌です。「たち山に 降りおける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし」という歌は、富山湾越しに聳える立山の霊峰を讃えたもので、今日の雨晴海岸の絶景と重ね合わせることができます。また、二上山(ふたがみやま)を詠んだ「渋谿(しぶたに)の 二上山に 鷲(わし)ぞ子産む」など、高岡の二上山周辺を詠んだ歌も数多く残されています。
布勢の海(現在の氷見市の十二町潟)での遊覧を詠んだ歌群や、有磯海(ありそうみ・現在の富山湾)の波を詠んだ歌など、越中万葉の世界は富山県の自然そのものです。家持の歌を手がかりに越中の風景を巡る旅は、1,200年以上前の詩人の目を通して富山を再発見する知的な体験となります。

高岡市万葉歴史館 — 大伴家持と越中万葉の世界を体感

高岡市伏木にある高岡市万葉歴史館は、大伴家持と越中万葉をテーマにした専門博物館です。家持が国府を置いた伏木の地に1990年に開館し、万葉集や奈良時代の越中の歴史を多角的に紹介しています。常設展示室では、家持の越中での暮らしや歌の世界を映像や模型で体験でき、万葉集に馴染みのない方にもわかりやすい展示が好評です。
館内には万葉集に登場する植物を集めた「万葉植物園」が併設されており、家持が歌に詠んだ草花を実際に見ることができます。春のカタクリや藤、秋の萩や女郎花(おみなえし)など、季節ごとに万葉の花々が咲き誇ります。また、企画展やシンポジウムも定期的に開催され、万葉学の最新の研究成果に触れることもできます。
万葉歴史館の入館料は一般300円、所要時間は約1時間が目安です。JR氷見線の伏木駅から徒歩約25分、またはタクシーで約5分のアクセスです。高岡の国宝瑞龍寺と大仏とあわせて、高岡の歴史・文化めぐりの一環として訪れるのがおすすめです。
大伴家持の歌碑めぐり — 雨晴海岸・二上山・伏木の万葉スポット
富山県内には大伴家持の歌碑が50基以上建てられており、越中万葉の歌枕を実際に訪ねることができます。最も有名な歌碑スポットは雨晴海岸で、義経岩の近くに家持の歌碑が建ち、富山湾越しに立山連峰を望む絶景とともに万葉の世界に浸ることができます。晴れた日には家持が詠んだそのままの風景が目の前に広がり、1,200年の時を超えた感動を味わえます。
高岡市の二上山は、家持がとりわけ愛した山のひとつです。二上山の万葉ラインを車で登ると、山頂付近に歌碑が設けられ、射水平野と富山湾を見渡す展望台からの眺めは格別です。「もののふの 八十(やそ)をとめらが 汲みまがう 寺井の上の 堅香子の花」と詠んだカタクリの花は、春になると二上山の斜面に群生します。
伏木地区には越中国府跡や勝興寺(国指定重要文化財)など、家持ゆかりの史跡が集中しています。伏木気象資料館(旧伏木測候所)の展望台からは、家持が毎日眺めたであろう富山湾と立山連峰のパノラマを一望できます。歌碑めぐりのガイドマップは万葉歴史館で入手できます。

高志の国文学館と大伴家持の文学遺産
富山市の中心部に位置する高志の国文学館は、富山県にゆかりのある文学者・作家の業績を紹介する文学館です。万葉集の大伴家持から、近代の堀田善衞、源氏鶏太、角川源義など、富山出身の文学者の作品や資料が展示されています。常設展示の冒頭に位置する万葉集のコーナーでは、家持と越中万葉の世界が美しい映像とともに紹介されています。
高志の国文学館が建つ場所は、旧富山県知事公館の跡地を活用しており、美しい日本庭園が残されています。庭園を散策しながら万葉の世界に思いを馳せるのも一興です。企画展では万葉集に関する特別展が定期的に開催され、地元の万葉愛好家から観光客まで幅広い層に親しまれています。
入館料は一般200円で、富山駅から市内電車やセントラムで約10分のアクセスです。富山市ガラス美術館や富山城とあわせた市内散策コースに組み込むと、富山の文化的な魅力をより深く堪能できます。
越中万葉をめぐる旅のモデルコースとアクセス情報
越中万葉の歌枕をめぐるモデルコースとしては、高岡駅を起点に1日かけて巡るルートがおすすめです。まず高岡市万葉歴史館で予備知識を得た後、JR氷見線で雨晴駅へ向かい、雨晴海岸の歌碑と絶景を堪能。午後は高岡に戻って二上山万葉ラインをドライブし、伏木の国府跡と勝興寺を見学するプランです。所要時間は約6〜7時間で、車があると効率的に回れます。
公共交通機関を利用する場合は、JR氷見線と万葉線を組み合わせるのが便利です。高岡駅からJR氷見線で伏木駅または雨晴駅へ、万葉線で新湊内川方面へ足を延ばすこともできます。高岡駅は北陸新幹線の新高岡駅からJR城端線で約3分のアクセスです。
毎年10月上旬には「高岡万葉まつり」が開催され、万葉集の歌を朗唱する「万葉集全20巻朗唱の会」が行われます。二上山のふもとで夜通し万葉の歌が朗唱される幻想的なイベントで、全国から万葉集ファンが集まります。大伴家持が越中に残した文学遺産は、1,200年以上の時を経て、今なお富山の文化の礎として息づいています。
写真出典:Wikimedia Commons
写真クレジット:
大伴家持の歌碑と万葉歴史館 — 狩野探幽(原画)(Wikimedia Commons / Public domain)
狩野探幽筆の三十六歌仙額に描かれた大伴家持の肖像 — 千勝, 義重, 1879-1964(Wikimedia Commons / Unknown)
高岡市万葉歴史館 — 小池 隆(Wikimedia Commons / CC BY 3.0)
百人一首に描かれた中納言家持(大伴家持)の浮世絵 — 広重(Wikimedia Commons / Public domain)
大伴家持が詠んだ雨晴海岸 — Wikimedia Commons(Wikimedia Commons / CC BY-SA)








