人道の港 敦賀ムゼウム — 杉原千畝の命のビザとユダヤ難民・ポーランド孤児の物語
福井県敦賀市の金ヶ崎地区にある「人道の港 敦賀ムゼウム」は、かつてこの港から上陸したユダヤ難民とポーランド孤児の歴史を伝える資料館です。杉原千畝が発給した「命のビザ」を握りしめてリトアニアから逃れてきた約6,000人のユダヤ難民が、シベリア鉄道を経て敦賀港に降り立った史実を、映像や資料で体感できます。2020年にリニューアルオープンした施設で、人道と平和の大切さを学ぶ場となっています。
敦賀ムゼウムの歴史 — 命のビザと敦賀港
第二次世界大戦中の1940年、リトアニアのカウナスで日本領事代理を務めていた杉原千畝は、ナチスの迫害を逃れるユダヤ難民のために、本国の指示に背いて約2,139通のビザを発給しました。このビザを手にした約6,000人の難民は、シベリア鉄道でウラジオストクに渡り、船で日本海を越えて敦賀港に上陸しました。
敦賀の人々は疲れ果てた難民たちを温かく迎え入れ、食事や物資を提供しました。難民たちはその後、神戸や横浜から第三国へと旅立っていきましたが、敦賀で受けた温かいもてなしは、生涯忘れられない思い出として語り継がれています。
ポーランド孤児と敦賀 — もうひとつの人道の物語
敦賀港にはユダヤ難民よりも前に、もうひとつの人道の物語がありました。1920年から1922年にかけて、シベリアで困窮していたポーランド孤児375名が、日本赤十字社の救援により敦賀港に上陸したのです。
寒さと飢えに苦しんでいた子どもたちは、日本での滞在中に手厚い看護を受け、健康を回復してからポーランドへと帰国しました。この出来事はポーランドでは広く知られており、日本とポーランドの友好関係の礎となっています。ムゼウムでは、この感動的なエピソードも詳しく紹介されています。

リニューアルした敦賀ムゼウムの展示内容
2020年にリニューアルオープンした敦賀ムゼウムは、最新の映像技術やインタラクティブな展示を駆使して、歴史をわかりやすく伝えています。館内は「ポーランド孤児」「ユダヤ難民」の2つのテーマに分かれ、それぞれの物語を時系列で追体験できる構成になっています。
特に印象的なのは、実際に敦賀に上陸した難民や孤児の証言映像です。当時の写真や手紙、身の回りの品々とともに、彼らが体験した恐怖と希望、そして敦賀で受けた温かいもてなしの記憶が、生々しく語られています。子どもから大人まで、深い感動を覚える展示内容です。
敦賀港の国際港としての歴史
敦賀港は古くから日本海側の重要な港として栄えてきました。明治時代にはロシアのウラジオストクとの定期航路が開設され、ヨーロッパとアジアを結ぶ「欧亜国際連絡列車」のルートの一部として機能しました。東京からパリまで、敦賀港を経由してわずか17日で到達できたと言われています。
この国際港としての歴史があったからこそ、ポーランド孤児やユダヤ難民が敦賀を経由することになったのです。ムゼウム周辺の金ヶ崎緑地には、往時の敦賀港の賑わいを伝える案内板や記念碑が設置されており、散策しながら歴史を辿ることができます。

敦賀ムゼウムへのアクセスと観覧情報
敦賀ムゼウムへはJR敦賀駅からバスで約8分、または徒歩約20分。北陸新幹線の敦賀駅が開業し、アクセスが格段に向上しました。車の場合は北陸自動車道の敦賀ICから約10分で、無料駐車場があります。開館時間は9:00〜17:00(入館は16:30まで)で、水曜日が休館日です。入館料は大人500円で、高校生以下は無料です。
見学所要時間は約60〜90分。音声ガイドの貸出もあり、より深く展示内容を理解できます。敦賀の気比神宮と赤レンガ倉庫と合わせて巡ると、敦賀の歴史と文化を多角的に体感できます。平和と人道の歴史を学ぶ貴重な施設として、ぜひ訪れていただきたいスポットです。
写真クレジット:
人道の港 敦賀ムゼウムの建物外観 — 運動会プロテインパワー(Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)
命のビザを発給した杉原千畝の肖像写真 — Unknown authorUnknown author(Wikimedia Commons / Public domain)








